カイラル磁性

スピン軌道相互作用が大きい物質を組み合わせた薄膜界面では、これまでにない新たな現象が最近次々と見つかっており、注目されています。 例としてまず、界面で発現する垂直磁気異方性があげられます。 強磁性体から成る薄膜(膜厚が数nmのオーダー)は本来、形状効果によって磁化の容易軸(安定な磁化方向)が膜面水平方向を向いています。 ところが強磁性体薄膜に、スピン軌道相互作用の大きい特定の非磁性金属薄膜をはり付けると、容易軸が膜面垂直方向に変化します。 磁化容易軸が膜面垂直方向を向くことを、「垂直磁気異方性」が発現すると呼びます。 垂直磁気異方性は、非磁性金属との界面で強磁性体側の原子の電子状態(軌道の占有数)が変化するために起きると考えられています。 スピン軌道相互作用が大きい非磁性金属を用いることで、界面付近の原子の電子状態の変化(軌道占有数の変化)がスピンの向きの変化に影響を与えやすくなるため、容易軸が変化しやすくなります。

スピン軌道相互作用を介した界面電子状態の変化は、容易軸を決定する磁気異方性だけでなく、強磁性のもととなる交換相互作用にも影響を与えます。 交換相互作用は原子間の磁化に作用する力で、FeやCoなどの強磁性体では隣り合う原子の磁化の向きを並行にする相互作用が働きます。 また、CrやMnなどでは交換相互作用の符号が逆で、隣り合う原子の磁化の向きを反並行にする力が作用します。 さらに、交換相互作用の中には、隣り合う原子の磁化の向きが直交している状態を安定化するものがあり、これを提案者の名前を取ってジャロシンスキー・守谷相互作用と呼びます。 ジャロシンスキー・守谷相互作用はまた、右隣と左隣の磁化の向きが異なる配置を安定化するため、強磁性体の磁気構造に旋回性を誘起します。 磁気構造の旋回性が右回りか左回りかはジャロシンスキー・守谷相互作用の符号が決定します。 ジャロシンスキー・守谷相互作用が大きくなると、skyrmionやspin spiralといった特異な磁気構造が発現します。

近年、強磁性薄膜にスピン軌道相互作用が大きい非磁性金属薄膜をはり付けると、強磁性体に旋回性がそろった磁気構造が誘起されることがわかりました。 つまり、強磁性と非磁性金属の界面にジャロシンスキー・守谷相互作用が作用していることが明らかになったのです。 また、ジャロシンスキー・守谷相互作用の大きさ、符号がはり付ける非磁性金属によって大きく異なることがわかり、その起源解明の研究が進んでいます。 旋回性を持つ磁気構造は外からスピン流を注入すると並進移動するため、磁気メモリなどへの応用も期待されています。 なお、膜面垂直方向に磁化した強磁性体の磁気構造は磁気光学効果を利用して顕微鏡で簡単に見ることができます。


旋回性を持つ磁気構造のイメージ図。右旋回と左旋回の鏡映面の位置によって「Bloch型」と「Neel型」の磁気構造が存在。スピン流を印加すると並進移動することが知られているのは「Neel型」のみ。(参考: 日本磁気学会誌, 10, 186 (2015).)



電流を細線に印加し「Neel型」磁気構造が並進移動する様子を顕微鏡で観察した様子。電流を流すと、スピンホール効果によりスピン流が発生し、磁気構造を駆動できる。写真は光学顕微鏡を利用して試料の磁化状態を観察した結果。

関連する文献
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N. Kato, M. Kawaguchi, Y.-C. Lau, T. Kikuchi, Y. Nakatani and M. Hayashi
Phys. Rev. Lett. 122, 257205 (2019).

Interface control of the magnetic chirality in CoFeB|MgO heterosctructures
with heavy metal underlayers. J. Torrejon, J. Kim, J. Sinha, S. Mitani, M. Hayashi, M. Yamanouchi, and H. Ohno.
Nature Comm. 8, 4655 (2014).

界面ジャロシンスキー・守谷相互作用と旋回性磁区構造の発現機構. ‐スピンホールトルク駆動磁壁移動素子への展開‐
林 将光
日本磁気学会誌, 10, 186 (2015).