電流−スピン変換

スピン流とは、スピンの向きによって電子の移動する方向が異なる電子の流れを指します。たとえば、上向きのスピンを持った電子が右に、下向きの電子 が左に動いたとき、右から左にスピン流が生じたということになります。 電流が電荷を運ぶのに対し、スピン流はスピン角運動量を運搬します。 スピン流が例えば右から左に流れると、スピン角運動量が右の領域から左の領域に受け渡されます。 電荷が右から左に動くのはイメージしやすいですが、スピン角運動量が動くと何が起きるかを考えるため、その影響を表す例を以下にあげます。

強磁性を示す物質の中は、電子のスピンの向きが揃っており、結果として強磁性体は自発磁化を有します。 磁化の向き(N極の向き)が上を向いていれば、電子のスピン角運動量は全体で正の値を持ち、下を向いていればスピン角運動量は負の値を持っているとします。 ここに強磁性体の外からスピン流が流入し、スピン角運動量が入ったとします。 磁化が上を向いた状態で、負のスピン角運動量が流入すると、強磁性体内のトータルのスピン角運動量は減少します。 十分な量の(負の)スピン角運動量を注入すれば、トータルのスピン角運動量は負となり、強磁性体の磁化は下を向くことになります。 (逆に性のスピン角運動量をが入っても磁化の方向に変化は起きません。) つまり、スピン流を利用してスピン角運動量を強磁性体に流すことができれば、磁化の向きを変えることができるのです。 この現象は「スピン移行トルク」として知られており、MRAMと呼ばれる磁気メモリの基盤技術となっています。

スピン流を生成する方法には様々なアプローチがあります。 スピン軌道相互作用が大きい常磁性体に電流を流すと、電流と直交する方向にスピン流が生成されます。 この現象は「スピンホール効果」と呼ばれています。 また強磁性体の磁化が歳差運動を行うことによりスピン流が生成される現象は「スピンポンピング」現象として知られています。 (熱流を利用したスピン流の生成については、熱流誘起スピン流を参照。) さらに最近ではトポロジカル絶縁体のエッジ状態は、スピン流が自発的に流れて状態であることが理論的に提言されており実験でも確認されています。 近年、スピン流が絡む新たな物理が次々と明らかになっており、研究が活発化しています。


スピンホール効果のイメージ図。スピン軌道相互作用が大きい常磁性金属に電流を流すと、スピンの向きに依存して電子の移動方向が異なる様子を模式的に表した図(左)。この図では、膜面垂直方向にスピン流が流れている。スピンの向きが揃った電子が常磁性金属層の上に配置された強磁性層に進入すると、強磁性層の磁化の向きに反転させることができる。スピン流が強磁性に入って磁化方向が反転するのはスピン移行トルクが磁化に作用するため。

関連する文献
Correlation between the spin Hall angle and the structural phases of early 5d transition metals.
J. Liu, T. Ohkubo, S. Mitani, K. Hono, and M. Hayashi.
Appl. Phys. Lett. 107, 232408 (2015).

Layer thickness dependence of the current induced effective field vector in Ta|CoFeB|MgO.
J. Kim, J. Sinha, M. Hayashi, M. Yamanouchi, S. Fukami, T. Suzuki, S. Mitani, and H. Ohno.
Nature Mater. 12, 240 (2013).


電流による磁区の一斉移動. ‐スピン軌道相互作用を利用した磁化制御技術の新展開‐
林 将光
応用物理学会誌, 83, 547 (2014).